【就活・転職】会社が大好きだった私が転職を決意して退職するまでの過程を綴る

就職・転職活動中の皆さん、お疲れ様です。

管理人の溜池ジロです。

今日は、管理人が新卒で入った会社を辞める決意をし、

実際に転職するまでの経緯を綴りたいと思います。

※あまり明るい話ではないです。

でも、これから社会に飛び出していく学生さん、あと今、転職をしようか迷っている人に

世の中何があるか分からない。だったら目の前の、今この瞬間、

自分がやりたいと思ったことに挑戦する気持ちを以て、

何事にも取り組んで欲しいと思って書きました。

あまり有益な情報はないかもしれないけど、

同じような境遇の方に共感していただけたら嬉しいです。(ほぼ日記です。ごめんなさい(笑))

希望していた企業に入社。忙しくも充実した日々

このブログの紹介ページにも書きましたが、

私は地方国立大学の修士課程を修了後、電子デバイス開発がしたくて

大手電機メーカーに入社しました。

元々、学生時代は工学部で化学を専攻していたので、実験室に籠って有機合成ばかりしていました。

研究室の先輩や、同級生も皆、迷うことなく化学メーカーを志望し、就職していたので、

私自身も特に深く考えず、就職活動をし、化学メーカーから内定をもらいました。

しかし、いざ内定をもらうと急に不安になりました。

自分が本当にやりたい仕事は何なのか?これでいいのか?

自問自答をする内に、もっと自分が携わった仕事が

人々の生活を豊かにしたり、喜んでもらえる。

それを自分が実感できる仕事がしたいと思うようになり、

電子デバイス開発に興味を持つようになりました。

スマホやウェアラブルデバイス(VRとか)のように

自分が開発した製品を、色んな人が実際に手に取って、そのデバイスに触れ、使ってみて、

便利さを実感する、感動を得る。

極論、自分の開発した製品を手に取って、

『この製品は僕が開発したんですよ!』と言える仕事なんて、早々ありません。

当時、就職活動の解禁は1月、採用活動は4月開始でしたが、

運よく4月半ばには化学メーカーの内定がもらえていたので、

方向転換をし、デバイス開発のできる企業を志望し、何とか某電機メーカーに就職することができました。

入社後は運よく希望の部署に配属され、設計部門で日々奮闘していました。

3年目でアサインされた新製品の設計案件では

夜中まで客先に提出するデータ取りをして、プレゼン資料を作りました。

自分の設計が新製品に採用された時は、とても嬉しかった。

若輩者の自分の意見を尊重し、目をかけてくださった先輩方には今でも感謝しています。

本当に仕事が楽しくて、この仕事を選んでよかったと思っていました。

給与には満足、人間関係も良好

一般に転職を考える理由としては

『給与・待遇に不満がある』

『人間関係に問題がある』

等が挙げられると思いますが、

私の場合、その両方とも、特に不満を感じていませんでした。

それなりに上司から仕事ぶりを評価いただいていましたし、

同世代の平均年収と比べるとかなりお給料も、もらってたと思う。(たぶん)

人間関係も、特に不満はありませんでした。

仕事に対して熱くなると、思いをぶつけあって口論になる事も偶にありましたが、

皆、同じ目的に向かって頑張っている、同志のような存在だったので

一仕事終われば、飲みに行ってモノづくりへの思いを語らっていました。

入社3年目には、就職後に出会った地元の方と結婚したのですが、

会社の同僚や先輩、上司のみなさんにも沢山お祝いしてもらいました。

自分でいうのもなんですが、職場の人間関係にはとても恵まれていたと思います。

事業環境の悪化、疲弊していく社員

ではなぜ転職を考えるようになったのか?

入社4年目の時、突如として状況が一変します。

大口顧客が販売計画を大幅に変更し、売上高が急激に減少したのです。

私が担当していた製品は、その製品専用のライン(工場)で生産されており、

受注数が減れば、工場の稼働率が低下するため、

固定費ばかりがかさんでしまいます。

会社はこれまで世間の需要にこたえるため、新しい工場を建設し、

生産能力のアップに注力してきましたが、その方針が仇となってしまったのです。

会社が窮地に立たされている。

それはよく理解できました。

しかし、だからと言ってすぐに転職しようという考えにはなりませんでした。

給料はきちんともらえているし、職場の皆が好きでした。

後輩も配属され、メンターの役割を担う責任もありました。

何より実際にモノづくりに携わっているエンジニア達があきらめていませんでした。

売上が減少しても利益が出せるように、コスト改善を検討したり、

新たな製品を設計・顧客にプレゼンし、その内いくつかは、実際に受注に成功したものもありました。

事業の回復に社員一丸となって頑張っていたと思います。

しかしながら、我々エンジニア一人一人の奮闘も空しく、

事業環境の悪化は、その後1年、2年と止まる事はありませんでした。

当初は社員一人一人も何とか経営状況を好転させようと躍起になっていましたが、

どれだけ頑張っても回復しない経営状況に、

職場のムードはだんだんと暗くなっていきました。

部・課長クラスは経営陣からの無理難題に堪えるべく、毎日遅くまで残業。

ピリピリしたムードが毎日漂うようになりました。

『もはや現場レベルでどうこうできる話ではない』

そう感じ始めていた最中、社内の経営方針説明会が開催されました。

『業績は●千億円の赤字予想、1000人規模でのリストラ実施する』

経営陣から発せられた言葉に、私は愕然としました。

たった1~2年でここまで経営状況が悪化するとは、、

幸いにして私の場合、リストラの対象年齢には当たりませんでしたが、

リストラによって大幅にマンパワーの減った職場では

慢性的な人手不足となります。

今まで他人が担当していた業務を残った人間でカバーしなければいけません。

部課長クラスはリストラ対象者への対応に日々追われ、

部内のマネジメントは次第に御座なりになっていきました。

不採算事業と人員を整理し、若手中心で会社を支えていく事が

今後の会社の経営方針でしたが、私の実感としては、一番わりを食っているのは若手社員でした。

ベテランは退職金を満額貰って退職。

有能な中堅社員も早期退職要員としてこぞって会社を辞めていく中、

若手は会社から満足なケアを受ける事ができず、

将来への不安ばかりが募っているようでした。

当時、私には指導役を任されていた入社1年目の後輩がいました。

普段は明るく、弱音を吐かない子でしたが、実験室で二人きりになると

今後の会社がどうなるのか、まだスキルも実績もない私たちはどうすればいいのか。と

不安で押しつぶされそうな気持を、私に吐露していました。

今思えば、もっと親身になってフォローアップしてあげる術があったのかもしれませんが、

新規の案件もないため、当時、私の抱えていた案件を割り振って

何とかモチベーションを保ってもらうようフォローするのがやっとでした。

周囲へのフォローに注力するあまり、

私自信も次第に疲弊していきました。

今思えば、もっと周りを頼って、上司にも助言を仰げばよかったのかも知れません。

事業所の閉鎖、転職を決意

幸いにして私の場合、リストラの対象年齢には当たりませんでしたが、

携わっていた事業は、不採算事業として整理の対象となりました。

具体的には事業所の閉鎖。

会社に残るには転勤を選ぶ他無くなりました。

私自身のエンジニアとしてのキャリアを考えれば、

会社に残り設計エンジニアとして、

仕事を続ける事がベストだったのかもしれません。

しかし、自分のキャリアと、妻や、まだ幼い子供との生活を天秤にかけた時

私の考えは決まっていました。

私は指導役を担っていた後輩が、入社2年目の新人教育期間を終えるのを待って、転職活動を始めたのです。

転職活動、退職するまで

転職活動を始めてからは、驚くほど早く事態が展開します。

始めて転職エージェントに登録してから2週間ほどで、面接が数件決まり、

Webテスト、面接を経て約3ヶ月で2社から内定を貰うことができました。

すんなり決まった事に正直戸惑いましたが、

一方で、自分が会社でやってきた事が評価されたのだと感慨深いモノがありました。

一番しんどかったのが、退職の意向を上長に伝える事でした。

この期に及んで、会社に未練があったのに転職活動をしていまい、

且つ、すぐに転職先が決まってしまったため、心が追い付いていなかったのです。

この会社で働きたいと思った学生時代のこと

始めて自分の貰ったお給料で家族と旅行に行った事

お世話になったメンターに認めてもらえた事

はじめて付いた後輩の指導に試行錯誤した日々

結婚式でお祝いしてくださった先輩や上司の方々

思い出すと、この会社が好きな理由がありすぎて、後ろ髪を惹かれる思いでした。

『そんなに未練があるなら辞めなきゃいいじゃん』

妻からそう言われましたが、それがかえって辛かった。

ちょっといろんなことを抱えすぎてたのかもしれません。

結局、上司面談では散々引き留めにあいましたが、全部正直に自分の気持ちを伝えました。

この職場の人が好きだし、待遇や任せてもらっている仕事にも不満はない事

今まで若手にも関わらず重要な経験をさせていただいた事への感謝

これから若手中心で事業部の再建を図らねばならない中で自分だけ退職することへの負い目

家族やこどもの人生に責任を持つという事、そのためには今やめるしかないと考えている事

沢山言わなくてもいい事も言ってしまいました。

最後はもう顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってました。

かくして、私は大好きな会社、職場を離れる事になったのでした。

終わりに

自分は転職には無縁だと思っていました。

多少苦しい環境下であっても自分のやりたい事であれば、乗り越えられる。

経営状況の悪化が露呈しても、最後までこの会社に残るのは自分だろうなと思っていました。

しかし、状況が変われば価値観も変わります。

所帯を持ち、子供ができたことで、

私の中で最も優先すべき事が変わったのです。

人によっては『単身赴任』しちゃえばいいじゃん!という方もいるかもしれませんが

私にその選択肢はありませんでした。

長々書いてしまいましたが、何が言いたかったかというと

どれだけ考えても未来の事はわからないという事です。

夢と希望に満ち足りて、希望の職種に就いて、まさか10年しないうちに自分が転職することに

なるとは思いませんでした。

今の時代、絶対に安泰といえる業界なんて、ありません。

散々、転職までの顛末を書きましたが、結局、私が学生の頃、

就活している時に、こんな事態を予想することはできたか?

タラればを言えば、きりがありませんが、たぶん無理でしょう。

だったらやっぱり今この瞬間、

自分の気持ちに正直にベストな選択を追い求めるしかないのだと思います。

暗い話ですみません。

繰り返しになりますが、

これから社会に飛び出していく学生さん、あと今、転職をしようか迷っている人に

世の中何があるか分からない。

だったら目の前の、今この瞬間、

自分がやりたいと思ったことに挑戦する気持ちを以て、

何事にも取り組んで欲しいと思って書きました。

こんな私でも、今転職してどうにかこうにかやって行けてます。

就職活動中の学生さん、就活OBの社会人1~3年目くらいの若手社員の方々、

今自分の好きなことを追えている、好きな仕事をできているということは

本当に幸せでかけがえのないものです。

しんどい事もあると思うけど、みなさんのファーストキャリア、大切にしてください。

本気でもうダメ!と思ったときにやめればいいんです!道はいくらでもあります。

転職活動中のみなさんも、思い立ったら吉日!

思いのままに頑張ってください!

長々失礼しました。

ここまで目を通していただきありがとうございました。

今後も私の就活、転職の経験を元に情報発信していきます!

では、また!

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